コラム「ミレニアムの咆哮」

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第二回「坂本竜馬というひと」


先日、国際謀略小説を書くために、ある政治家を取材した。議員会館のその部屋に は蒼海を疾走するヨットの写真とともに幕末の英雄・坂本龍馬の写真が掲げられていた。
「私は、議員仲間でも一番の龍馬ファンで通っているんですよ。龍馬は実に素晴 らしい」
彼は、龍馬と同じように剣道の達人であり、その後、政界に身を投じた人物であるが、
「中見さん、一人二人あるいは五人十人、これは武道でなんとか倒せるものです。いや、宮本武蔵の伝説によれば八十人の敵を相手にしたといいますから、そこまで広げて考えてもいいでしょう。でもね、相手が千人、一万人になったとき武道ではダメなんです。むしろ、そうなると政治の仕事になってくるんです。だから私は国会議員の道を選び、多くの人と語り合い、より多くの人と手を結ぶことを心がけているんです。そうすることで政策も実現できますしね。いわば龍馬の精神ですよ」
そう言いながら、件の政治家は龍馬の写真を指差してみせた。

不思議なことだが、その日、古い資料を眺めていたら「ベンチャー企業の雄・桂浜 に集う」という見出しで、今をときめくベンチャー企業のカリスマ経営者3人が高知の桂浜にある坂本龍馬の銅像を前に今後の活躍を誓うという趣旨の記事が目に止まった。とりわけリーダー的存在の実業家が、次のようなことを語っていた。
「これからは、坂本龍馬が目指した世界の海援隊のようにとにかく利益を上げていこうと思います。なぜなら、やがては国境という概念が消え、同時に国益に縛られる企業は少なく なっていくでしょう。つまり世界益しか考えない企業が増えていくし、そういう企業 ほど伸びていくのです」
 ことほどさように日本の政財界をはじめとするリーダーは坂本龍馬を礼賛し、あるいは自分の中に彼のイメージを吸収していこうと努力している人達が、驚くほど多い。しかしである。よく言われることだが「龍馬は商売の神様であり、日本における株式会社の先達である。だから大いに彼に学んで儲けよう」などとする意見に対して、筆者は多少の疑問を抱かざるをえない。
  彼は日本初の株式会社とされている海援隊のリーダーとして、現在の財界人が言うように大いなる利益を上げたのか。つまり商売の神様の如く、大儲けをしたのかと いうことである。彼が、晩年本当に身を挺して実現に奔走したのは、薩長同盟、船中八策をモチベーションにした大政奉還であろう。
 では、彼はこの二つの功績において、金銭的利益を上げたのか? そうではない。むしろ肝心の商売の方は陸奥宗光や中島作太郎といった仲間にあずけ、一銭にもならない国事に奔走していたのであり、 実は商売を任せられた彼らも世の中を唸らせるほどの利益は上げていないのである。 ほとんど薩摩藩が根保証した資金によって、船や武器といった物品を動かしていたにすぎない。つまり、坂本龍馬は、決して商売の神様などではなかったのである。
  さらに政治家のリーダーたちが憧れる政治の神様という点で、彼はどうであろうか。確かに、龍馬には海援隊の仲間がいた。しかしながら、薩長同盟にしても、大政奉還にしてもほとんどといっていいほど、単独で行動しているのである。つまり、孤立を起点にして、それを恐れることなく、当時の権力者の間を、あるいは敵対している巨大組織の盲点をすり抜けるようにして動き回っていたと言えるのではあるまいか。自分が正しいと判断したことを漠然と数の力に頼って実現しようとは、考えていなかったと思われるのである。

  龍馬に関しては、いくつかの謎が取りざたされているが、その最たるものに二つある。
 一つはいうまでもなく、誰が暗殺したか、という点である。
犯人探しが行われているが、今もって結論は出ていない。ただ、明確なのは同じ現場にいた中岡慎太郎のケガの様子を気遣い、「清君、大丈夫か」という意味のことをつぶやいて死んでいったことである。清君とは、中岡慎太郎の偽名、石川清之助のことだ。中岡は、その後も数日生きていたのだからほぼ即死に近かった龍馬に比べて傷はまだ浅い方であった。自分のことをさておいてでも他人のことを気遣う心をボランティア精神と現代人は呼んでいる。
  ところで、もう一つの謎は、彼が晩年西郷隆盛に語ったとされている有名なセリフ 「俺は、世界の海援隊でもやるか」の真意がよくわかっていないという点である。実はこれを、七つの海に船団を浮かべて貿易を夢みた、商社の発想とする説がある。しかしながら、これは有名な司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」が発表された時期を考えれば納得できることである。つまるところ、戦後を脱した日本が高度成長期に向かって疾走をはじめた頃であり、経済活動の旗振り役であるエリート集団「商社」が日本の製造業を中心に世界資本を鼓舞していたために、読者の間で急速にこのイメージが広まっていったと考えられる。

  時代に応じて過去の評価が変るのは当然である。したがってミレニアムの今、私は 龍馬のこのセリフを、次のように解釈している。 海援隊というのは、討幕を目的とした結社である。なぜ討幕をしなければならなかったのか? いうまでもなく身分差別が存在し、そこには権力者によって歴然と抑圧されていた民衆がいたからである。そのために必要な活動資金は、経済行為によって自前で生みだそうという、つまりそういう「組織」であったのだ。わかりやすくいえば、抑圧された人々の人権を解放し民衆を自由・平等・博愛の世界へと導くために結成された革命的グループではなかったか。したがって、大政奉還後に彼が語ったとされる「世界の海援隊」とは文字通り、世界の権力構造の中で抑圧されている人々がいれば、あらゆる手段を講じてでもその人権を解放し、現代でいうところの民主主義社会に導いていくための活動を展開するぞ、という明快なる意思表示であったと私は考えている。そのために必要な活動資金を自前で得るための手段として貿易を案じていたはずなのである。ここで死ぬ前に彼が放ったセリフの一つを想起していただきたい。

 「君は大丈夫か」

 常日頃からそういうことを考えていない限り、こうした言葉は死の寸前に脳中から 放射されることはあり得ない。彼の中には常に生命に対するいたわりの心が存在していたのであろう。さらに彼は勝海舟と創設した神戸海軍操練所時代に、いずれこの構 想をアジア全体に広げ、欧米の植民地主義に対抗しようという構想を抱いていたこと がある。こうした断片的事実をつなぎ合せて見れば、坂本龍馬という人物像がおぼろ げながら浮かび上がってくるのではないだろうか。それを一言でいうならば『世界初の人権問題をテーマにした「国際協力平和部隊」、すなわち海援隊を世界に展開しようとした男』それが、坂本龍馬の本質だったのではあるまいか。

  本質という言葉で思い出した。余談ながら、ここである哲学者の言葉をご紹介した い。彼はリーダーの本質をみごとに看破している。
『本物の科学者は自ら仮説を立てたのち必要な研究資金を集め、真理に近づく努力をする人のことを指す。本物の宗教家とは資金のあるなしにかかわらず、その生きざまの中で真理を実証していく人のことを指す。そして本物の政治家とは両者の資質を兼ね備えた人のことを指す。あるときは、科学者のように冷静に、あるときは宗教家のようにスピリチュアルで、なおかつ慈愛を持って民衆に接していく人のことだ。したがって、いずれにせよ真理に近づく努力を怠った人を本物の政治家とは呼ばないので ある。では本物の経済人はどうか。科学や文化の発展に資金を投入する意志を持ちながら己に集う人々と共に真理に近づくための研究心を持ちあわせた人々のことを指す。だからこそ利益を考え、生み出さなければならないのである。民主主義社会にお ける真理とは、少なくとも自由・平等・博愛の三つの理念を指していることはいうまでもない。 ここでいう自由・平等・博愛の精神を言い換えるならば、それは生命に対するいたわりの心であり、ひいてはボランティア精神の到達点そのものである』

 そこで冒頭のカリスマ実業家の言葉に戻る。
「これからは、坂本龍馬が目指した世界の海援隊のようにとにかく利益を上げていこうと思います。なぜなら、やがては国境という概念が消え、同時に国益に縛られる企業は少なくなっていくでしょう。つまり世界益しか考えない企業が増えていくし、そ ういう企業ほど伸びていくのです」
 はたしてそうだろうか。薩長同盟において薩摩と長州、いわばコミュニティの利益 を考えた龍馬は、やがて大政奉還において日本の民衆の利益を考えた。そしてその次に彼は世界の民衆の利益「世界益」を構想したのである。いわゆる、この三段論法に おいてこそ、坂本龍馬は評価され、イメージされるべきであろう。つまり、これらコ ミュニティ、国家、世界という三つの組織は目に見えない一本の線で細くとも強靭に 結ばれていることを彼は心の底から知っていたのである。コミュニティへのいたわりのないところに世界益など存在しない。それが彼の本音だったのではないだろうか。 今、龍馬が生きていたなら自分のことをファンだと吹聴する日本のリーダーたちに向かってこういうのではないか。「頼むから、俺を超えてゆけ」と。

了     

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