コラム「ミレニアムの咆哮」

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第一回「必殺技ということ」  



K−1を始め、今、若い人の間で格闘技がブームである。
4月2日、香川県において極真会館香川県支部が誕生した。支部長は岡山県笠岡市出身の岩田厚氏。精悍で温厚な人物である。私は、故大山倍達総裁や松井章圭館長、岡山支部長水口敏夫氏との交流から道場開きに招かれることになった。

この日、全国から集まった極真会館の各支部長とさまざまな話をした。不思議なことだったが空手を学びに来る子供たちのエピソードではなく、むしろ、その父兄の話が中心であった。たとえば、こんな親がいるという。
「先生、せっかく極真カラテに来させてるんですから、他の子はともかく何かウチの子に必殺技を教えてくれませんか」
その子は学校でいじめにあっているという。職業は医師で地域の教育関係の仕事を仕切っているという、いわば名士ともいえるその父兄の話は、こう続く。
「いじめられていることは、まあ仕方ないんですが、それよりも私はウチの子をエリートに育てたいんです。バイオリンも絵画もクラシックバレーも習わせてます。それから先生のところに来る前に空手の本もしっかり読ませましたし、私が基本の型を教え込みました」
もちろん、その親は空手をそれまでかじったこともないそうだ。さらにその親の話は続く。
「だから基本や礼儀作法は結構ですから、とにかく必殺技を教えてもらえませんか」
その支部長は、こう答えたそうだ。
「そんなものはありません。むしろ大山倍達総裁は晩年まで拳の握り方がつかめないのだとよく話をされておられました。ですから、もし必殺技があるとすれば今指導している基本の技がそれだと思います」
ここで気になったのは、マンガのような必殺技が存在すると信じてやまない父兄のそれこそマンガのような申し出のことではなく、基本や礼儀作法は教えていりませんとする親の考え方だ。学級崩壊が叫ばれている今、子供の個性を重視するという建前からなんでも好き放題にやらせている親の意見に「自由を尊重しているのだからそれでいいではないか」というねじれたそれがある。

話はいささか古くなるが、敗戦後まもなくアメリカ政府が派遣した人物にドレイパー将軍という人がいる。彼は日本経済復興の影の立役者であるが『日本の占領政策をどのような形で推し進めるか実際に現地に足を運び、その考えを報告せよ』という極秘の任務を背負って来日したことがある。「アジアの極東のこの国もアメリカとソ連の2国で分断して統治するという植民地政策がもっとも適切ではないか」と考えていた彼は焼け野原の中にポツンと残っているお寺が気になり日本の文化も知っておこうと足を運ぶことにした。事前にそのことが伝わったらしく近隣の住民たちもそのお寺に集められていた。

「なるほど日本人の特攻気質つまり異常なまでの抵抗力はこういう場所で養われてきたのか、それならば一刻も早くすべての文化的施設、つまり神社仏閣を崩壊させ、なおかつ日本人をそれまで欧米社会がアフリカやアジアその他の国でとってきた奴隷政策で適応させなければならないだろう」と頭の中で青写真を描きながら本堂までゆっくりと歩いてきた彼は、そこでふと歩みを止め、細長い石の上に置かれている日本の子供たちが履いてきた草履を目にしたのである。薄汚れ、ボロボロになったそれがきちんと揃えて横にずらりと並べられているではないか。1インチもずれてはいない。そのことに多少の驚きを覚えた将軍は、薄暗い本堂をのぞき込んだ瞬間、衝撃に打たれる。坊主頭の幼い子供たちがきちんと正座をして、まるで遠い故郷に帰ってきた親戚を出迎えるようにゆっくりとおじぎをしたのである。これは我々米軍にもっとも欠落している紳士の振舞いではないか。それが、このように幼い子供たちに徹底している日本というこの国。決して奴隷扱いしてはならない。むしろアメリカがもっている自由の精神を伝えながら、この国を極東の民主主義国家に育てあげることが戦争の勝利者の務めではないか。
この瞬間すべてが決定された。日本の国体は守られ、我々は植民地ではなく独立国家として戦後の経済復興を成し遂げる道をつかみとったのである。ドレイパー将軍は帰国後すぐにアメリカ政府関係者に、この考えを伝え日本占領政策の骨子を裏舞台でまとめあげた。おわかりであろう。現代の日本の自由を勝ち取ってくれたのは、その子供たちと両親だったのである。もし、あのとき礼儀作法ができない子供たちが本堂を走り回っていたならば、今の我々は東西2国に分割され、奴隷のような生活を強いられていたはずだ。

そこで前出の父兄と極真会館の支部長の言葉を思い出す。
「必殺技は基本の技である。空手の達人でさえも晩年まで当たり前のように握っていたであろう拳の握り方を追求していた」
昔からよく武士の間で言われてきたことだが、もっとも強い人間とは殺しに来た奴と仲良くなれる人間のことを言うのである。つまりは必殺技など存在しないということだ。自分も生き、相手も生かせようという考え方こそが「必殺技」なのではないだろうか。事実、物理的に敗れたこの国をギリギリのところで救ってくれたのは子供たちの礼儀作法という目に見えない精神の力だったのである。
教室が崩壊する国はやがて滅びる。なぜなら、いつの日かもう一人のドレイパー将軍が我々の子孫たちの前に現れる事態が訪れる可能性だって考えられるのだ。外資の波にさらわれようとしているこの国の現状を見れば「必殺技」だけを追い求める父兄のエピソードは、むしろ他人事とは笑えないのである。

了     

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