「元気が出るドア」
 
 
『  この国には、他の国にない時の重みがある。空間を大事にする文化がある。目に見えないものに畏敬の念を払う気風がある。それらの要素をネットワークさせると、「能」という芸術ができあがる。インターネットで「能」の素晴らしさを伝えることは難しいだろう。何もない舞台空間が雪月花や松原、山里や渓谷や曠野といった具合に次々と変化していく、あの感動をデジタル化させることは不可能である。大事なことは自分の体で響きを感じるということではないか。
    そう考えるとき、体の中を様々な情報が行きかっていることを思い出す。
    夜空を見上げてみよう。そこには宇宙の光ファイバーが輝いている。
    もう一度山に登ってみよう。
    そこには見えないインターネットがある。季節に沿って色や姿を時々刻々と変えていく自然がある。
    思い切って朝日を見つめてみよう。陽が昇る前、うすい桜色に雲は染まり、コバルトブルーの空に光の矢が無数に走るだろう。
    海は、どうだろうか。あの青さを取り戻しているだろうか。銀色のきらめきは宝石をちりばめたように今日も海の上で弾けているだろうか。
    我々が忘れている間に毎日毎日、こうした自然の情報は目まぐるしく行きかっている。』
 
『デジタル世界政府が仕掛けた  最終兵器CALS』中見利男著、日本文芸社刊)
 

『「ポール、人間がな、人間がより良い人間になっていくのはな、木が図体だけ大きくなっていくのとはわけが違うんだぜ」
    ポールはあっけにとられた。突然、人が変わったようなセリフをトニーが口走ったからだ。
「大丈夫ですか?」
    ポールは頭を指さした。
「まあ聞けや」
    トニーは倉庫の扉の狭いすき間をすり抜けながら続けた。
「どんな生命でも小さけりゃ小さいなりにな、そこに美しさがあるんだ。おい聞いてんのか?    束の間の命のうちにもだな、完璧な人生はあるもんなんだぞ」』
 
『【コンピュータ犯罪】驚愕の事件ファイル』中見利男著、青春出版社刊)

 
『「神はナバルの悪をナバルの頭に返された。お気持ちはお察しする。ところで、我々はこの地を去ることにした。どうやらサウル王に我々の居場所を知られたようだから」
「そうですか。どうぞお元気で」
「違う。あなたも来るのだ。私の妻として」
「妻として?」
「そうだ」
「ダビデ様、今、私の顔が見えますか」
    アビガイルはペリシテ人に襲われた時に受けたヤケドの痕を引きつらせながら微笑した。左目は潰れ、まぶたのない右目からギョロリと眼球が露出している。口唇は耳まで裂け、頭ははげ上がっていた。顔の中央には穴が二つ開いている。
「あなたは月明かりの中で見えなかったのでしょう。私は化け物ですよ」
「だからどうした」
「使者の方から顔のことを聞いて旅の戯れ言がてらご覧になりにこられたのでしょう」
「使者?    彼は一言もそんなことは報告しておらんし、またその必要もない。今初めてあなたのことを知った」
「ではご無事で」
「あなたは私の恩人だ。危うく盗賊団の頭領になりそうだった私を救ってくれた。妻として迎えたいのだ」
「ナバルの物が欲しいのでしたらいつでも持っていって下さって結構です」
「違う。あなたに来て欲しいのだ。月明かりの中で見たあなたは美しかった。今もそうだ」
「ご冗談でしょう」
「なぜだ。君はペリシテ人とあの時、戦ったのだ。生きるために必死で戦ったのだ。その結果が顔に出たことをどうして卑下するのだ。私には世のどんな勲章よりも美しく見えるぞ。さあ我々と共に来てくれないか。生きるために戦ってくれないか」
    ダビデはこう言うと「準備があるだろうから、私はそこで待っている」と告げて部下のもとに戻っていった。
・・・・・・ダビデの家。
    彼女はその背中を見ながら呟いた。なぜ召し使いがあの時ナバルに反発したのか、次第にその理由が明らかになってきたような気がする。ゴリアトの時だってそうだった。あの人は人を姿形では見ていないのだ。アビガイルは自分の顔をもう一度両手で撫でた後、部屋に引きこもった。』
 
『旧約聖書「愛の12章」』中見利男著、ぶんか社刊)
 

『「人間はいつから弱い者を利用するようになったのかな、団七」
    団七は桃太郎の言葉にうなずいて、
「古事記という日本の歴史書の中にこんな一節がある。黄泉の国に妻のイザナミをたずねて行ったイザナギが妻の死体を目の当たりにして恐くなって逃げ戻ってくるという話だ。イザナミは息を吹き返してイザナギを追いかけてくる。そのときにこんな会話をするんだ」
「・・・・・・」
    全員団七の言葉に耳を傾けている。
「あなたが逃げるのなら私は一日千人の人間を殺しますよ。イザナミがそういったのを受けたイザナギが、それなら私は一日千五百人の産屋を作って子供を生んでみせるとな。俺は今の人間がおかしくなったのはここにあると見ているんだ。この二人の会話に」
「どういうことですか?」
    きじが静かに尋ねた。団七はうんとうなずくと、
「本当ならイザナギはこう答えるべきじゃなかったかと思うんだ。もし一日千人殺すというなら、私は徹底してその千人を守る、と」
「なるほど」
    桃太郎の顔が上気し始めた。
「つまり人間の生命を質ではなく量で考えているんだな」
「そうだ桃太郎。生命は誰しも失いたくない。ところが日本を成立させたという二人の神が、人間の生命を粗雑に扱う会話をしているのだ」
「ひどいのう」
    猿はアゴに手をあてている。
「その考え方が時の権力者や民衆に刷り込まれたらどうなる?」
「弱い者は死ね、だ」
    犬が答えた。
「そうだ。年を取った者や弱い者は死ねばいい。どうせ人の数は増え続けるのだからという発想になる。こうした考え方は時が進めば進むほど激しくなっていくだろう」
    鬼の団七はさらに続けた。
「人の生命だけじゃない。動物の生命。植物の生命。自然の生命を軽く見るようになるだろう。破壊しても殺しても次があると考えるようになるはずだ。金山でも掘り尽くしたらそれで終わりだ。次の金山を探さにゃならん。だがモノには限度がある。だから俺達は少しずつ掘る。子孫のためだ。ところが、やがて将来の人間はそうは考えなくなる。大量に独占し、大量に使い尽くし、また大量に確保しようとする。これを繰り返し続けたらどうなる。生命も物も何もかも滅ぼしてしまうぞ。もっとも古事記のことを予言書だという者もおるからイザナギとイザナミの会話は文字どおり人間社会がそうなるということを予言したものかもしれんがな・・・・・・」
「犬だってケンカはするが、仲間同士で大量虐殺はせんぞ」
「猿だってじゃ。大将は仲間を守るために闘うことがあっても、ぎょうさん殺したりはせんからのう」
「きじだってそうですよ」
「近頃は三条だけではないぞ。噂では、姉妹が継母に煮殺されたり、母親が継子の両手を切り落とした事件も起きているというぞ。あげくは人の死体を喰ったり、その死体の貸し借りまでやっているそうだ。まったく嫌な世の中だ」
    団七の言葉に桃太郎はうなずいた。そして低い声でこう呟いた。
「鬼は人間の中に棲んでいるんだ」
「そうかもしれん」
    団七は静かに答えた。』
 
『グリム童話より怖い日本おとぎ話』中見利男著、日本文芸社刊)


 
『「沈んでは行くが、いつも同じ太陽だ。」
「七十五歳にもなると」と、ゲーテはそれから非常に晴れやかに言い続けた。「時おり死について考えずにはいられない。死を考えても、私は極めて平静でいられる。というのは、われわれの精神は全く破壊されない性質のものだということを、私は確信しているからである。それは永遠から永遠へ働き続けるものだ。まさに太陽にも似ている。われわれの肉眼にだけは沈んで行くように見えるが、実際は決して没することなく、絶えず輝き続けているのだ。」(エッカーマン「ゲーテとの対話」から、1824年5月2日)
 
『ゲーテ格言集』高橋健二訳、新潮社刊)
  

『神の祝福を受ける条件の一つは、この不遇の時代をいかに耐え忍ぶかにある。』
 
『面白いほどよくわかる・聖書のすべて』中見利男著、日本文芸社刊)
 

     以下、このコーナーは、あなたの元気が出るまで続きます。

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