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『不易流行と武士道』
 3.11東日本大震災。失意の底に沈んだ日本人の中に、急速に蘇ってきたものがある。それは絆を尊ぶという古くて新しい価値観への回帰だ。震災後、被災地の救済にいち早く立ち上がったのは、政府よりも民間企業やボランティアだった。宅配業者やコンビニは 躊躇 [ ちゅうちょ ] することなく被災地に入り、流通と営業を再開。日本中がその英断に拍手を送った。つまり大震災をきっかけに、これまでの利潤追求型ビジネスから公共心を大事にした新しいビジネスモデルへの挑戦が始まったのだ。その潮流は、あらゆる世界に価値の転換を迫るものとなり、小売業、流通業以外の分野にも波及している。

 そうした中で今、注目を浴びているのが、近江商人が築き上げてきた商人道である。
 彼らは旅先の人々の信頼を得るために、一つの理念を大事にした。それが1754年(宝暦4)に 中村 [ なかむら ] 治兵衛 [ じへえ ] が説いた「 三方 [ さんぽう ] [ ] し」の精神。つまり「売り手よし、買い手よし、世間よし」をモットーとする商いであった。
 これは決して自分だけ儲けるのではなく、世のため、人のため、ひいては自分のためという「見ため」ならぬ「 三為 [ みため ] 」を大事にする考え方である。
 たとえば、顧客と店の関係を象徴した言葉に次のようなものがある。
「素人は寿司屋で寿司を食い、玄人は店ごと食う」
 つまり、目の肥えた顧客は商品だけではなく、従業員や目に見えない店の雰囲気、あるいは企業精神までを吟味するという意味だ。「食べさせてやる、売ってやる」という店では一時的に商品がもてはやされても長くは続かない。
 だからこそ近江商人は店ごと提供できるよう、実に斬新な演出を行っている。

 ご存じの通り、ふとんの西川で有名な西川家では 萌黄蚊帳 [ もえぎかや ] という萌黄色をした蚊帳を江戸で売っていたが、このとき売り子に現代で言うCMソングを歌わせながら歩かせている。そのため、夏になると町の辻々でこの歌が聞こえてくるので、江戸っ子は「おい、西川の行商が来たねぇ。暑いはずだよ。もう夏だ」などと言い合って、それが風鈴や金魚売りとともに江戸の風物詩の一つとなっていたというから驚きではないか。

 このほか 和中散 [ わちゅうさん ] という漢方薬を販売していた 大角 [ おおすみ ] 家は、旅人に常時無料の湯茶を振る舞いながら店頭で実際に4メートルほどの巨大な製薬機械を稼働させ実演販売を行ったため、それが街道を往来する人々の評判になった。
 また亀屋左京の6代目は福助人形のモデルになった巨大な人形を店頭に置き、看板代わりにしたほか、「 江州 [ ごうしゅう ] 柏原 [ かしわばら ] 伊吹山 [ いぶきやま ] のふもと亀屋左京のきりもぐさ」というCMソングを作り、売り子、芸者、遊女らに歌わせて彼女たちをキャンペーンガールに仕立てた上、キャンペーン用の 浄瑠璃 [ じょうるり ] を演じさせ、まさに日本の販促活動の先駆けとなった。
 つまり『商品だけでなく店ごと食べさせる』のである。そのうえで「大胆に! 徹底してやる」のが近江商法だ。

 こうして見ていくと、250年以上前から近江商人が大胆な改革を実践してきた事実は特筆に値する。しかも、その商法が時代の転換期になると必ず再評価されるから不思議だ。

 実は明治維新のときも、彼らの商人道に注目した人物がいる。かの勝海舟である。
 当時、勝は新政府の政治家や官僚が一部の商人と結託して暴利を [ むさぼ ] っていることに義憤を感じていたのだが、近江商人だけは権力者を『敬して遠ざけよ』の方針を曲げない。そのことに驚いた彼は、一体、誰がその強固な商人哲学を創り上げたか、に興味を抱いたのだ。

 このとき勝は、繊維商社「ツカモト」の基礎を築いた 塚本 [ つかもと ] 定次 [ さだじ ] (1826〜1905)なる人物に会い、その秘密を探っている。
 ちなみに、この人は「お助け普請」といって商売以外に大規模な植林工事を行い、治水治山など今でいう防災活動、環境保護活動に心血を注いできた人物である。
 特に1855年(安政2)の安政の大地震では江戸の商人が壊滅的な打撃を受けたため、商品の流通が滞った。当然、問屋や仲買人は代金が入って来ないので困窮するしかなかったが、定次は彼らから物資を買い取ると、すぐさま救援物資として江戸に送り込み、被災した江戸の物資不足を解決に導いている。商人ではあるけれど弱者救済の武士道精神を備えた偉人だ。

 その塚本定次は、まず近江商人の長老・ 伊藤忠 [ いとうちゅう ] 兵衛 [ べえ ] の話しを始める。この伊藤は伊藤忠商事、丸紅の創業者であるが、つねづねこんな言葉を口にしていたという。
 それは『 利真於勤 [ りはつとむるにおいてしんなり ] 』というもので、意味は「投機商売、不当競争、買占め、売り惜しみなどによる荒稼ぎや、いかさま商売をせず、本来の商いに励むべし。そこから得られる利益こそが真の利益だ」というものだ。
 もちろん定次自身も尊敬している人物とのことであった。目を輝かせながらその話を聞く勝は、さらに訊いた。
「それでさ。定次。お前さんの主義とはどういうものかね?」
 勝のべらんめえ調の質問に、定次はすかさずこう答えている。
「私ども塚本家が日頃から守っていた商法はたった四つにございます。
 一つは、お客様の家の繁栄を願っております。
 二つめは、注文された商品はすぐに渡せるようにしております。
 三つめは、品物の吟味を厳重に行っております。
 最後に、総じて無理をしないこと。この四つでございます」
 この答えに感動した勝は、長年疑問に思っていたことを切り出すことにした。
「さて教えてくれねぇか。一体、誰があんたらに知恵をつけたのだね?」
 すると塚本定次も勝の人柄に心打たれたのだろう。実にあっさりと秘密を明かしてみせる。
「驚かれるかもしれませぬが、実は芭蕉翁こそが我々の師匠です」
 そう。近江商人の哲学的な基礎を作ったのは、かの俳聖・松尾芭蕉だったのである。もともと芭蕉は「 不易 [ ふえき ] 流行 [ りゅうこう ] 」ということを主張しており、それは『時代の流れに惑わされず守らねばならぬ伝統は守り、その一方で時代の流れそのものに乗り遅れぬよう不断の努力を怠ってはならない』という思想の持ち主だったのだが、これが近江商人の心を捉え、やがて彼らの哲学へと成長していったのである。そして生まれたのが知恵とハートと弱者救済の発想に基づいた商人道というわけだ。

 のちに勝は、このときの会談についてこう語っている。
「塚本定次は思いがけなく利益が出たときには、その利益を学校への寄附と従業員への利益配分に回す。それはもともと自分の力で得た利益ではなく、従業員が真実一生懸命に働いた結果であるからだというのだ。また、あるときは滋賀県の山林のために2万円(現在・約4億円)を県庁に寄付したという。この金が植林でなくなる頃には山林も繁殖するであろう。自分は見届けられないが、天下の公益のためです、という。こんな人が世の中にどれほどいるか。日本人ももっと公共心が必要だ」(勝海舟『氷川清話』角川文庫より要約)

 なるほど勝は達人だ。近江商人の商人道の中にひっそりと光っているダイヤモンドを「公共心」という言葉に集約してみせている。そう、公共心こそが人の心を打ち、ひいては利潤をもたらすダイヤモンドなのである。
 では、今日、我々はこうした先人の貴重な教えをいかに生かすべきだろう。

 一例をあげて筆を置かせていただくことにしたい。
 あえて論ずることもないだろうが、大震災が予想されるこれからの日本では、あれやこれやのテクニックに走る前に、まず人命救助をビジネスの最優先に据えることである。そして最低でも震災発生時に生まれる帰宅困難者に毛布、水、休憩場所、物資などの在庫を確保し、支援準備を整えておくこと。もちろん被災地への支援も重要だ。その上で消費者とハートを共有できるだけの商品が売り手に用意されていれば、それこそが平成版の『売り手よし、買い手よし、世間よし』なのではないだろうか。もちろん公共機関とされている病院も同様である。利潤追求だけで入院患者を守ろうともしない病院経営者がいるが、こうした経営者は歴史によって間違いなく糾弾されるだろう。

 すなわち、これまで流行してきたベニスの商人のようなビジネススタイルではなく、武士道精神とエンターテインメント精神をビジネスに持ち込むこと。これこそが今、求められているビジネス維新なのである。

 お陰様で『家康の暗号』が角川春樹事務所から刊行された。閉塞感に満ちた現代社会で絶望の虜になっている人々に対して熱いメッセージを込めさせていただいている。私が主張したかったことは『闇は必ず光を連れてくる』という誰もが忘れかけた一片の真実なのである。ご一読を。
中見利男拝
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